私が、介護の世界に入って、もっとも尊敬できる方の言葉です。
専門職として知識を身につけて、経験を積んでゆくことは、成長につながる大切なプロセスです。
そして、いろんなことを吸収している真っ最中では、習得したばかりの専門性を思いっきり発揮したくなるものです。
しかし、知識や経験だけで、全てを解決できるわけではありません。
以前こういうことがありました。
独り暮らしのお年寄りの所に、民生委員さんが訪問したら、転倒して動けなくなっていて、救急で病院に運ばれました。
打撲と脱水ということで、点滴を打って、帰っていいですよと言われました。でも実際、動けないことに変わりなく、在宅での生活は当分無理な状態でした。
そこで、ショートステイで1週間程度の受け入れ依頼がありました。今まで介護保険を使ったことがない方で、今までの病歴とか生活歴がほとんどわからないケースでした。
ご本人に聞くも、認知症もあり、情報をうまく引き出すことができません。家族はなく、遠方に親戚がいる程度でした。
介護保険制度はそんな在宅で困っている方を支える制度だと思います。だから、ショートステイで緊急の受け入れをすることしました。
しかし、看護師からは、病歴もわからない方を受け入れするのは、リスクが高いと言われました。急変など、何かあった時に責任はどうなるのか?と。医療のプロとして受け入れはできないと。
現場の介護職員からは、情報がないと、ケアの方向性が決まらないし、他の利用者さんと何かトラブルでもあったら、誰が責任を取るのか?と言われました。
また、同僚の相談員からは、対応してくれる家族がいないと、万一の場合には自分が対応するしかないから、割りを食うのは自分だよ、と忠告されました。
専門職としては、リスク管理をした上で、受け入れをするということは、正しい判断かもしれません。
しかし、人として
今そこに困っている人がいる
そして私たちは、それを助けられるスキルがある。
それなら、迷う必要はない!
と思うのです。
私は反対を押し切って、受け入れをしました。
個室対応としました。夜間などで緊急の対応は私が責任を持って出勤することを約束しました。また後日、受診して検査を受けて、医療的なデータを取ることもしました。
その方は1週間後、お元気になられて、在宅でのサービスの調整ができたことで、無事にお家に戻られました。
いろんな人、いろんなケースに出会います。
そして、同じものは2つとありません。
そんな世界で、専門職の単一のモノサシだけで、判断を下すことは、人としてちょっと違う判断をしてしまうことも、あると思います。
私自身今でも、専門職としての自分の判断が、人としてどうなのだろう?とハッと我に帰るような時があります。
常識というのは、世間の最大公約数的な判断の基準ではないと思います。人としてあるべき考え方ではないでしょうか?
専門職である前に、常識人でありなさい。
心に刻みます。
